にもつ
君は何故そんなに未来を恐れるのか。君に降りてくる黒い煙を何とか避ける様に前かがみになっているようだが、まず、手荷物が多すぎるのではないか。いったん視界の悪い未来から目を外して荷物を整理してみたらどうか。人には身の丈にあった荷物の量というものがあるはずだ。それに過去というものはたいてい荷物として持ちにくい。元来持ち運びには向いていない。取っ手が無い。手荷物を上手に整理出来た時、黒い煙が、君の思っている未来ではないことに気付くのでないだろうか。
君は何故そんなに未来を恐れるのか。君に降りてくる黒い煙を何とか避ける様に前かがみになっているようだが、まず、手荷物が多すぎるのではないか。いったん視界の悪い未来から目を外して荷物を整理してみたらどうか。人には身の丈にあった荷物の量というものがあるはずだ。それに過去というものはたいてい荷物として持ちにくい。元来持ち運びには向いていない。取っ手が無い。手荷物を上手に整理出来た時、黒い煙が、君の思っている未来ではないことに気付くのでないだろうか。
さあブログを書こう。僕はブログを書こうと思っている。ラブレターでも俳句でも無い、ブログを書こうと思っている。自分の中に「ブログを書くのだ」という熱い志を感じる。それは欲求に似ているが根源が違うものであり、そしてもちろん義務感でもない。確かな志だ。今まで感じた事の無いほどの、固い意志だ。こんなに固い意志を持てた事に今、僕自身驚いているし、同時に強く感謝している。脳ではなく、魂の部分でそれを感じている。この志は一見明るく派手ではないが、静かに温かく燃える暖炉の様な炎だ。全身を芯から熱くする本物の想いだ。
僕は、ブログを書きたいと思っているんだ。
ウニと栗は、海の幸と山の幸で、出会う確率は限りなくゼロに近いかもしれないけど、絶対気が合う。見ている所が一緒のはず。もし出会う事があったら意気投合するはず。
何やら昨日のブログがネットニュースになってしまった様で「ジョイマンどこいった?」とTwitterでつぶやけば僕から返信が来る、みたいになっているらしい。「ジョイマン」でTwitter検索したら山ほど「ジョイマンどこいった?」て出てきた。しかしこのほとんどは、どうやら僕の検索したい「ジョイマンどこいった?」ではない。
僕は、本気で安否を確認したい人達を安心させてあげたい一心で、密かなミッションとしてやっていた。しかしもうどれがナチュラルの「ジョイマンどこいった?」か、どれが仮そめに造られた「ジョイマンどこいった?」かが判別しにくい状態になってしまった。真実が、溢れる似て非なるものに薄められていく。僕のとても個人的で小さな楽しみが、ネット社会の闇に飲み込まれてしまった。愛娘のつむじの匂いを嗅ぐ事くらいしか楽しみが無くなってしまった。
皆さんはTwitterを知っているだろうか。つぶやきとかフォローとかフォロワーとかでお馴染みのTwitterだ。ちなみに僕はTwitterをやっているんだけども、Twitterには検索システムというのがあって「ジョイマン」というワードでつぶやき検索すると「ジョイマンどこいった?」というつぶやきが結構見つかる。もちろん全く見知らぬ人のつぶやきなのだが、それに対して僕は「ここにいるよ」と返信していく作業を最近のルーティンワークにしている。何かのきっかけでジョイマンを見失ったのか、とにかく探している様だから「ここにいるよ」と安心させてあげたいのだ。
ただその仕事をやり始めてから、最近僕に直で「ジョイマンどこいった?」とメッセージを送ってくる人が出てきた。直で僕のアカウントに送ってきている時点で見つけてるじゃん、と思う。そういう不思議な人は何か怖いので無視だ。
あと酷いのになると「今は亡きジョイマン」とか死亡説までつぶやかれている。僕が勝手に検索して見ているとはいえ、その人の中で何故か亡くなった事になっているのはちょっと慌てる。身内がもし見たら本気にする人がいるかもしれない。だからそういったつぶやきに対しても僕は「ここにいるよ」と返信をしている。生きている事を知って欲しいから。でもこの前、そう返信したら「ここってどこ?」と返ってきた。ふてぶてしいな!ていうか、死んだと思っていた人が急に現れたんだからもっと驚けよ!と思った。
僕はその仕事を通じて、どうやらそういうつぶやきをしている人は、別に僕らを心配してそういう内容のつぶやきをしているわけではないという事を知った。ただこれからもこの仕事は辞める事なく続けていこうと思っている。本当に心配して、安否を確認したくて「ジョイマンどこいった?」とつぶやいている人がいるかもしれない。だから僕は、今日も全く見知らぬ人に「ここにいるよ」とつぶやいている。
右まぶたのピクピクが治らない。眼が疲れているのだろうか。でもまあまあちゃんと眠れているし、そんなに眼を酷使した記憶も無いのに、かれこれ1週間ほど、ずっとではないが慢性的に右まぶたがピクピクしている。半年ほど前は親指が慢性的にピクピクしていた事があった。僕はたまに色々な所がピクピクする。皆はピクピクする事があるのだろうか。僕だけピクピクしているのだろうか。
強い身体が欲しい。どこかが慢性的にピクピクしない強い身体が欲しいよ。
本日は土曜日。土曜日。聞き慣れたその響き。僕は今まで、何回の土曜日を過ごしてきたのだろう。暇なので電卓で計算してみたら、1600回以上。ここで気付く。こんなに沢山の土曜日を経てきたのに、僕は土曜日に関して何も知らない事に愕然とする。
暇なのでWikipediaで調べてみた。
『土曜日(どようび)とは、金曜日と日曜日の間にある週の 一日。週の始まりを日曜日と考えると7日目、週の始まり を月曜日と考えると6日目となる。名称は、 七曜のひとつである土星にちなむ。英語 Saturday は農耕の神サターンからきている。』
なるほど。「土曜日」ではなく「Saturday」と英語で聞くと、映画『Saturdaynight fever』とかもある位だし、1週間の過酷な仕事が終わり、休日を目の前にした爆発寸前の解放感を感じさせる素晴らしい曜日の様だ。なるほど。「1週間よく頑張った!明日は休みだ!」とテンションが上がる日なわけだな!僕は今日も休みだ。
そんな今日、土曜日の23時55分〜テレビ東京の『バカソウル』という番組にジョイマン少し出ます。明日お休みの皆さんの上がったテンションを更に上げる番組です!明日お休みの皆さん!僕も明日休みです!
鉄のような意志と柳のような心を持とう。鉄のような意志でどんなに眠くとも夜中まで待ち、柳のような心で全てを優しく見届けよう。さあ、僕とテレビの前で待ち合わせよう。明日のテレビ東京23時55分〜の『バカソウル』という番組に少し出ると思います。
笑い声を音として聞くだけじゃない、笑顔をしっかり見ないとな。僕らがやってるのは大きな笑い声を出させる競技じゃない、笑顔をたくさん見ないとな。上手く笑えるようになるために、笑顔を見て勉強しないとな。
豊田市女性スポーツ団体20周年記念フェスティバルにお邪魔しました。平たく言うと熟女祭りです。800人くらいの熟女が体育館に集う様は圧巻でした。んで僕らもおっさんですし、暖房が弱いせいなのか集まった全員の代謝が衰えているせいなのか、人数の割りに体育館がなかなか暖まらなかったのが印象に残っています。
そして帰りには「ちょっぴり渋いイベントだったかしら?」という意味なのか、饅頭やういろうや五平餅など山ほど甘いものを持たせてくれました。いえいえ、そんな事は全くありません。僕個人的には本当にスイート過ぎるイベントでした。ぜひまた呼んで頂きたい。
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